「父の初七日」監督・主演俳優インタビュー~第20回アジアフォーカス福岡国際映画祭

古いリアリズムを打ち破って取り組んだ家族の肖像~『父の初七日』劉梓潔監督&呉朋奉に聞く

(取材日:2010/9/19/取材・文・写真:Qnico MIC INAMI)

写真左=劉梓潔監督、右=呉朋奉
今年2010年のアジアフォーカス福岡国際映画祭で上映された『お父ちゃんの初七日(劇場公開時に「父の初七日」に改題。原題・父後七日)』は、今年に台湾で公開された台湾映画のなかで2番目の興行成績を収めた大ヒット作だ(トップは、ダントツで『モンガに散る』)。福岡での上映が発表された7月末の時点では、まだ一般公開されておらず、8月に公開されるや、映画の舞台となった中南部で集客を集め、台北地区でも10週間というロングラン作品となった。また、10月の金馬奬では、福岡にもゲスト登壇した道士役の呉朋奉(ウー・ポンホン)が最優秀助演男優賞を、原作者兼監督兼脚本の劉梓潔(エッセイ・リウ)は最優秀脚色賞を受賞しただけでなく、台湾映画制作者賞(年度台灣傑出電影工作者)のノミネートも受けている。<br /> スター不在で、監督も劉梓潔は文学者、共同監督の王育麟はドキュメンタリー畑の人。つまり監督たちにも劇映画やドラマでの実績はなかったわけで、福岡の関係者もまさかこれほどの話題作を上映することになろうとは思わなかったのではないだろうか。

お葬式映画はタブーだった

映画の内容はこうだ。父親の病死の知らせを聞いて、台北でキャリアを積んでいた娘は台湾中南部の郷里に帰省する。夜市で屋台を営む兄、大学で映像制作を学ぶ従弟が集まる。葬儀を仕切る道士のイーは、従弟とは縁続きだ。しきたりに則って占いで葬儀の段取りを決め、彼らは故人の息子・娘としての務めを果たす。娘は泣くべき時には涙が出なくても泣かなければならない。野辺送りまでの一週間、彼らの胸に去来するものは何なのか。

「お葬式を題材にすることは、本来なら台湾ではタブーなんです。大ヒットの要因は、3月の香港国際映画祭、6月の台北映画祭とかなり早めに宣伝を始め、若者の口コミで広まったということが考えられます。若者は、タブーの領域をあまり持たず、何にでもチャレンジしていきますから。そういう若者を通して、暖かい家族愛が描かれていることが伝わるようにしました。この若者たちが、自分の両親を連れて見に行くというようなこともあったんです」と語る劉梓潔監督は、原作も兼ねている。彼女に映画化の経緯を訪ねると、

「この散文で林榮三文学賞という、賞金のいちばん高い文学賞をいただいているんです(笑)。王育麟監督がこのエッセイを読んで『とても感動した。お葬式のことをこのように書いた文学は初めてだ。一緒に映画にしないか』と言ってくれました。それで、『これは私自身の経験を基にした話なので、ぜったい私の故郷で撮って欲しい』とお願いしたわけです」と話してくれた。時代の流れで様々なものが簡略化されていくけれど、中南部では、今でも道教で葬儀を行う家が多いという。

踊る!道士さま

ファーストシーンは、道士の家だ。呉朋奉が演じる道士イーが装束を身にまとい、両手を広げて独り踊りだすという、衝撃的(笑撃的?)なシーン。流れる曲は、ハリー・ベラフォンテの「ハヴァナギラ」、ユダヤ系の人々にとっては祝祭の曲となっている名曲だ。お葬式のしんみりした映画だと思い込んでいる観客に、凄まじいギャップのカウンターパンチを食らわす。

福岡の上映後のQ&Aで、劉監督が語ったところによると、

「実は、あれは呉朋奉さんと初めて会ったカフェに流れていた曲です。その時、呉さんは、この曲に合わせて踊り出しました。その様子が道士にぴったりだなと思ったのです。それで、この曲を使ったわけですが、この映画は悲しみだけではなく優しさもあり、ユーモアもたっぷりです。そういう意味合いをこの曲にこめました」とのこと。

この呉朋奉、インタビューの場にも登壇時もベレー帽にストール姿というどこかアーティスティックな出で立ちで現れた。金馬奬のレッドカーペットにはハロウィンでも意識したのか、奇妙奇天烈なメイクで登場。なかなかユニークな人物に見える。低い声がまた魅力的で、筆者は竹中直人を思い浮かべてしまったが、本来は舞台の役者。舞台で既に道士の役を演じたことがあったため、役作りにあまり苦労はなかった。実際にどうだったかと言うと、


「自分としては、経文とかセリフ、道士独特の言葉をきちんと調べて言えるようにはしました。でも、(もうひとりの監督の)王監督から『あまりリアルな道士を演じないように。あまり研究しすぎないように。なんとなく道士に見えればいい』と言われたので、踊りの振り付けや道士が話す命令形の言葉は、自分で調べて作りました。台湾の道教は、ものすごく厳かで厳密なやり方を守っています。何人かの道士が一緒に踊る場面、壁に仏画がかかっているようなところは、昔からの習俗そのまま」なのだそうだ。ちなみに、台湾では道教に仏教が混ざっていて、劇中でも家に仏壇があるかどうかで葬儀が道教でいいかどうかを判断するシーンがある。

呉朋奉に出会って、この人だと決めた劉監督は、彼のイメージを頭に入れて脚本を書いていったという。

「原作そのものは4000字しかないごく短いエッセイです。お葬式を扱い、父と子の情の通い合いという部分は基本的には同じで、加えたのは様々な人物です。こういう物語を描くには、生命力にあふれた人物をいろいろと配する必要がありました。そうして脚本の初校が上がった段階で、俳優さんたちとも議論して、いろいろ加えていきました。皆、舞台でキャリアを積んだ素晴らしい俳優なので、自分からいろんないい提案をしてくれました。道士には、台湾の田舎のいわば底辺で働いているような人というイメージがありますが、私の映画のなかでは、とても教養があり、哲学的な考え方もする、そういう個性を持たせたいと思いました。そうすることで、ロマンチックにもなってきます。劇中で道士が読む詩は、呉さんの自作です。本当のことを言うと、私は別の詩を用意していました。でも、台本の読み合わせのときに呉さんの詩のほうがずっといいと思って使用することにしたのです」

予算的には決して潤沢ではなかった。スターと言える俳優がキャストにいない理由のひとつである。結果的には、舞台俳優が多く起用されたことで説得力が増したと言える。実際、観客の中には、呉朋奉の本職は道士ではなかろうかと錯覚した人も出たそうだ。(呉朋奉は、台北を歩いていてしばしば役名で声をかけられるという)

変わりゆく台湾映画

さて、アジアフォーカスの会場で売られていたプログラムに、監督からのメッセージとして興味深いフレーズが掲載されている。引用しよう。
この映画が目指しているのは、ドラマのクオリティーを高めることです。つまり文学と強く大胆な視覚的スタイルを通じてクオリティーを高め、「リアリストが描いた心温まる台湾人家庭の肖像」という停滞したモデルから離れることを目指しているのです。(「第20回アジアフォーカス・福岡国際映画祭プログラム」P90より引用)

この文章から、読者は何をイメージするだろうか。“リアリストが描いた心温まる台湾人家庭の肖像”とは何なのか。

「今まで、家族愛を題材にする台湾映画は、往々にしてあまりにもリアリズムを追及しがちだったと思います。名もない人たちを描くにあたって悲劇の要素が強すぎました。最近はかなり修正されてきたと思いますが、私たちが目指していたのは、そういうお定まりのリアリズムの手法ではなくて、もっと明るい部分も描くことなのです」

野辺送りまでの七日間の描写のなかには、滑稽なシーンがしばしば現れる。棺の中にエロ本を入れた息子が、その行為をして孝行者だと道士に讃えられる。主人公である娘とその兄、従弟が故人の遺体に付き添いながら3人揃って美容パックをするシーンは、しんみりしつつも、からかい合う3人の関係が微笑ましい。都会から遠く離れた花作りで知られる農村で、夜間照明に煌々と照らされた菊を前に詩を朗読するシーンでの、義理の兄弟の交流の摩訶不思議なこと……。

この作品は、最初に述べたように『モンガに散る』に続く大ヒットとなった。製作費を考慮して採算面を見ると、『モンガに散る』以上に経済効率はよかったと言えるそうだ(12月11日付「自由時報」より)。

「『海角七号 君想う、国境の南』を見て国産の映画でも笑えて感動できると観客が思うようになりマーケットが広がったので、『海角七号』には感謝しています。そして、ラブストーリーの舞台となった観光地に皆が流れていくという状況もありました。それに比べると、中南部の農村で撮った私たちの映画は新鮮だったんですよね。それでウケたのだと思います」

そう締めくくった劉監督。すかさず呉朋奉はこう付け加えた。

「台湾人は新し物好きで飽きやすいよね。だから、状況が変わりやすいんだ」

万物流転とは言うけれど、良い方向に変わっていくことを信じたい。

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